悪逆皇帝の名前を名乗り、騎士と同じ名前の日本人と、平平凡凡な文官一人を従えるという、普段ではあり得ないシチュエーションをお気に召したルルーシュは、非常に楽しそうだった。年齢がばらばらの人間が集まって行動する場合、普通なら年功序列になるが今回は真逆。一番年下のルルーシュがトップで一番年下の俺が下っ端。それだけでも楽しいだろう。10代の若者なんてそんなものだよな。ルルーシュが楽しそうなのは何よりだ。
しかも旅の恥はかき捨てというから、これからの旅で盛大に黒歴史を作っても、今後の人生に何の影響も与えないだろう。多分。
「では、我が騎士スザク、そして我が忠臣リヴァルよ」
「はっ、ルルーシュ陛下!」
不遜な物言いで命令するルルーシュはやはり様になっている。王子様オーラがびしばし出ていて、やっぱり俺とは違う生き物だと改めて実感した。そんなルルーシュのノリについてこれないのか、スザクは不快感と困惑が入り混じった視線を俺たちに向けてきた。
その名前と容姿で苦労してきたスザクのトラウマに塩を塗ってしまった可能性は否定しない。だが、正直な話俺は一度やってみたかったのだ。いや、あの頃に戻り、あいつの臣下として俺も作戦に加わりたかったのだ。たとえルルーシュが死ぬことになっていたとしても、ただの傍観者でいるよりも、手伝わせてほしかった。その後、大変な思いをする事になっても。
まー、完全に蚊帳の外にしてくれたおかげで、今こうして不老不死になったわけだし、巻き込んでくれてたなら俺は普通の人間として安らかに眠れていたはずなんだぞ。今の方がずっと大変な目にあっているんだ!だから俺は、俺を巻き込まなかったお前をしっかり恨んでるからな、ルルーシュ!・・・完全な逆恨みだけど。
「これからコインランドリーに向かう、各自の荷物をまとめよ」
「・・・は?」
「・・・え?」
命じられた内容に、俺もスザクも目を丸くした。
そんな俺たちを見て、今までの偉そうな態度から一転し、年齢相応に笑った。
「お前たち、長旅を続けているのは解るが、少し臭うぞ?一回ちゃんと洗濯しろ。匂いが落ちないなら、新しい服ぐらい俺が買ってやる」
「へ?え?うそ、まじ!?やば、加齢臭!?」
俺達は慌てて自分の匂いを嗅いだ。スザクはいいさ、絵になるからな。だが、俺みたいなおっさんが自分の匂いを嗅ぐ間抜けな姿に、ルルーシュは「加齢臭とは違うんじゃないか?」と笑いながら言った。
旅を続けているとどうしても衛生面が悪くなる。風呂やシャワーを使えない日が何日も続くなんて当たり前。それに洗濯回数が減るから・・・つまりそういう臭いなんだろう。バックパッカーにしては俺たちはきれいな方だと思うが、ルルーシュからすればアウト。ならキレイにするしかない。
「俺も洗うものはあるからな、付き合ってやるよ」
先進国や後進国でもサービスのいいホテルなら、タオルやバスタオルは無料で貸し出され洗濯も頼めるが、このあたりの国にはそんなサービスは無い。だから、この某皇帝そっくりのルルーシュでも洗濯は自分でしなければならないのか。当たり前のことだし、俺の悪友だって家事はしてた。でも、なんでだろう?ちょっとだけ驚いてしまった。
「それで、返事はどうした、スザク、リヴァル」
「イエス!ユアマジェスティ!」
これも一回言ってみたかったのだ。
「ほら、スザクも言えよ」
「・・・イエス・ユアマジェスティ」
俺に促されると、はあ、と息を吐いた後、スザクも小さな声で言った。
「コインランドリーって近くにあるのかな?」
俺はさっさと荷物を手元に引き寄せてからスザクを見る。もしかしたらスザクは臭いと言われた事がショックだったのかもしれない。どことなく消沈した様子で荷物を調べ始めていた。俺も当然ショックだったので、素直に汚れものと洗えそうな袋なんかを出す。・・・むしろ出先で着替えを買って、今着ているものも全部捨ててしまいたいぐらい本当は凹んでいた。
「このホテルから100mほど離れた所にあるのを確認している。あの辺りは洋服を扱う店もあり、治安もそこまで悪くはない。お前たちには褒美として衣服を買い与えよう」
「あー、なあルルーシュ。その設定はいつまで続けるんだ?」
一回マジェスティと言って満足したのもあるが、流石に買い物で子供の世話になるわけにいかない。恥をかいてもいいとさっきまで思っていたが、三人だけのときだけならともかく外でコレをやるのはやっぱり阻止しておくべきかな?と思ったのだ。大人として。
「いつまで?別れるまでだろう?なんだ、もう飽きたのか?」
「うっ、いや、飽きたというか」
「悪逆皇帝のまねはよくないよ。性格が悪くなる」
スザクが冷静すぎる突っ込みを入れた。
情操教育には間違いなく悪いだろう、悪逆皇帝ごっこは。
でも10代後半だから、その辺大丈夫じゃないだろうか?
「それもそうだな、あのような人格破壊者の真似など、誰かに見られたら狂人扱いされかねない。これ以上演じるのも疲れるしな」
「人格破壊者って・・・そこまでいうか?」
仮にも俺の悪友だった男だぞ。と、口には出せないが、つい不愉快そうな口調で返してしまった。あいつは流石にそこまでやばくはない・・・はずだ。
その男そっくりの子供に、あいつの苦労を何も知らない子供に、人格破壊者とか狂人と言われるのは想像していた以上に辛かった。あいつは、悪逆皇帝という役を演じていただけで、本当は妹と弟が大好きで、ナナリーちゃんと世界平和のために自分を悪魔に仕立てたんだ。本当は賢帝だったんだと、教えたい。だけど、それは許されないし、言えば頭がおかしいんじゃないかと思われるだけだ。
あいつがナナリーちゃんもロロも溺愛していたなんて、歴史には残ってないんだよな。反対にナナリーちゃんは虐げられていたって事になってるもんな。・・・ロロの記録は・・・なくなってたしな・・・。
「人格破壊者だろう?でなければシャルル皇帝の命を奪い、兄妹を虐殺し、1億近い人間を消し去って世界征服など、できるものではない」
そうですよね、解ってます。
それが、歴史で語られる悪逆皇帝なのだと解ってるさ。
「まあ、フレイヤを自分の国に落とすとか、狂ってないと出来ないか」
それに、あいつが命がけで作ったキャラクターだ。
そのイメージを壊すわけにいかない。
「・・・そうだね。きっと、狂っていたんだよ」
スザクは不機嫌そうな顔で呟いた。
あー、うん。大丈夫だって、臭いのはどっちかと言えば俺の方だから。ほら、数百年ぶんのニオイが染み付いてるからさ。・・・なんて言えないから、さっさと洗濯するべきだよな。うん。
暗くなってしまった空気を払しょくすべく、俺たちは洗濯に向かった。しっかりとしたホテルだから、盗難とかは大丈夫だろう。いつものように荷物全部を持って歩く事はせず、それぞれ予備のバッグなどに汚れものや洗剤、貴重品を詰めてホテルを後にした。
場所を知っているルルーシュを先頭に、俺とスザクが並んで歩く。・・・うーん、不思議な気分だ。本当にルルーシュの臣下になったような錯覚に、スザクもこんな感じであいつを見ていたのかな?と隣を見ると、スザクがものすごく不愉快そうな顔であたりを見回していた。俺もつられて辺りを見まわし、理由に気付いた。やばい、美少年の吸引力やばい。間違いなくその辺の人たちが見てるのルルーシュだわ。コレやばい。また事件起きるぞ。おい、おまえら!いいか、こいつに手を出すなよ!と睨みつけながら歩く。俺たちがそんな思いをしているのに、ルルーシュ本人は我関せずだ。流石、襲ってきた相手を返り討ちにするのが趣味というだけある。なんというか、肝が据わり過ぎてる。
俺たちを睨んでくる野郎もいるから、うちの子に手を出すなよ!と、こちらも睨み返す。こっちとら不老不死だ!お前らなんか怖くないぞ!ばーかばーか!!
あー、もしかしたら騎士だったスザクは、こんな光景が日常だったのかもしれないな。胃が痛くなるぞ、これは。なんか対策しないとやばい。不老不死でも胃が痛い日々なんて御免だ。
「ここだ」
ルルーシュが指示した先は、確かにコインランドリー。
想像以上にキレイだし、機械が結構新しい。何より壊れてない。こういう自動販売機的なものは、お金を盗む目的で壊されるものなのにだ。もしかしたら近くに交番とかあるのかもしれない。こんな国でこんなちゃんとしたコインランドリーなんて、探せばあるもんなんだな。井戸水や川の水、宿屋の風呂場とかで洗うか、洗濯機を借りて洗ってばかりだったから、すごく新鮮な感じだ。
何人か先客がいたが、ルルーシュが入るとびっくりした顔を向けてきた。その視線は、開いてる洗濯機を探すルルーシュを無言で追う。
「これでいいか」
中で一番きれいな洗濯機を選び、手を伸ばす。
「使い方、教えてやろうか?」
俺たちに気づいていない先客の男たちは、椅子から立ち上るとルルーシュを囲むように言った。うわーうわー!からまれ過ぎだルルーシュ!
「おいっ!」
俺が声をかけた時には既にスザクが動いていた。
一瞬で男たちとルルーシュの間に体を滑り込ませる。
いやー素早い。さっと現れて自分の体を盾にするところが騎士っぽいよな。身体能力化け物なスザクは堂々としてるし、強者のオーラみたいなの見えるから、映画の主役みたいでかっこよく見える。俺がやったら雑魚臭がひどくてかっこよくなんてならないの経験済みだからなぁ・・・うらやましい。
男たちはそれでようやくスザクと俺に気付いた。ルルーシュはチラリとスザクに視線を向けた後、小さく笑ってから何事も無いように洗濯機に衣類を入れ始めた。おいおい、少しは動揺しろよ。心臓鉄で出来てるのかお前。犯罪者を釣って再起不能にするのが趣味だって言うだけあるな。おっ、シャツとかネットに入れてるのかよ、几帳面だな。あー、ルルーシュってそういうやつだったよな忘れてた。
男たちはスザクを見て一瞬腰が引けたが、すぐに体制を立て直したようだ。
「おい、俺たちが先に声をかけたんだぞ」
「彼は僕たちの連れです。貴方たちの親切には感謝しますが、僕たちが教えるので大丈夫です」
「教えなど不要だ。この程度も出来ないボンクラに見えるのか?」
不愉快だと言いたげな声だが、手は迷うことなくボタンを押す。
見えます。凄く見えます。時間設定とか洗剤の投入とか出来ない顔に見えます。だって悪逆皇帝の生き写しですから。皇帝陛下は洗濯なんて自分でやらない。まあ、ルルーシュも本当は掃除洗濯料理と全部こなして家計簿まで付ける主婦だったから、見た目だけで判断するのは間違ってるけどな。
ちゃりんちゃりんと硬貨も投入し、洗濯機が動きだす。
ふむ、この洗濯機は時間が来るまで開けられないタイプのようだ。
「お前たちもさっさと洗濯したらどうだ?」
と、こっちを見て言うから、俺はさっさとルルーシュの隣を陣取った。
背中にスザクがいるから安心安心。
「よっと」
ルルーシュと違いネットを使ったりはしない。全部そのまま投入。コインを入れて洗剤を入れてスタート。
チッという舌打ちが聞こえ、男たちが諦めて椅子に戻った事が解った。まあ、雑誌とか見るふりしながらこっち睨みつけてるけど気にしない気にしない。
スザクは背後を警戒しつつルルーシュの下を選び回す。
「よし、この間に買い物をするぞ」
時間が終わるまで開けれないということは、こいつらがイタズラすることも出来ないということだ。ロッカーキーのように鍵が各洗濯機についていたから、開けるには鍵もいる。となれば、少し離れても問題はないだろう。
「あ、そっか。服買うんだっけ?」
「あー、なら、買ってから洗濯したかったな~今着てるのもさぁ・・・」
「馬鹿か。着替えるなら風呂に入ってからだろう。洗濯ぐらいまた出来るんだからな」
あー、それもそうかととりあえず納得する。
時間がないんだから行くぞとルルーシュを先頭にコインランドリーを出た。